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旅行・地域

京都、六道珍皇寺~祇園の宵々山

幽霊飴屋から六道珍皇寺までぶらぶら歩きましたが、前回より暑い日だったにもかかわらず、興味を持ちながら歩くときは疲れ方が違うことを知りました。

今回は御朱印帳をお願いするために、堂の中に入れていただきましたが、たまたま学術調査が入る日とのことで、桃山時代の曼荼羅2点が堂内にかけられていて、大変貴重なものを見せていた頂くことができました。

Dscn8524 小さい閻魔・篁堂の閻魔大王像、小さな格子窓越しにしか写真が撮れないので、はっきり写ってないのが残念。

今年は50年に一度の小野篁 冥土通いの井戸のご開帳があるそうです。

Dscn8525 珍皇寺を後に、風情のある路地を北に向かうと建仁寺があります。

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建仁寺は京都五山の一つで珍皇寺もこの建仁寺の塔頭の一つ、風神雷神図でも有名なお寺。

Dscn8535 Dscn8536 建仁寺をさらに北へ行くと祇園花見小路。午後3時頃というのにもう舞妓さんがお支度をして歩いていました。

左の長蛇の列は抹茶の蕨餅で有名なお店みたい。暑い中ご苦労様です。

花見小路をさらに一力方面へ北へ行くと祇園四条通。

Dscn8539 歩きつかれたのと小腹が空いたので、間口一軒ほどの八雲というお蕎麦のお店で鴨せいろをいただきました。

栄養補給も出来たので、四条通を烏丸方面に山鉾を求めて歩き始めました。

が、やはり暑さと人の多さに、しばらくしてついタクシーを拾ってしまいましたが、、、、

当然、前にはなかなか進みません。結局四条大橋を渡り、四条河原町の藤井大丸前でタクシーを降りて、阪急電鉄の地下を利用したりして、大丸まで歩くと、ついに前方に山鉾が見えてきました。

初めて見る山鉾は天に突き刺す長刀鉾でした。

Dscn8547 Dscn8548 思っていたよりうんと大きくて立派な鉾に大感激。疲れも吹っ飛び、他の鉾を求めて勢いがつきました。

Dscn8581 Dscn8577 そして、いつもは非公開の元豪商杉本家へ。

Dscn8585 Dscn8588 内部は写真禁止でしたが、入り口で一枚だけ撮らせていただきました。氷柱なんて、今の若い人は知らないんじゃないでしょうか?

杉本家は豪商だけに俵屋宗達の屏風が飾ってあったりして、往時を忍ばせましたが、夕方だったので薄暗い部屋の中が余り見えず残念でした。

そして、最後は伊勢丹地下街で和久傳の鱧寿し、鯛寿しを買って新幹線に乗り込みました。

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和久傳に始まり和久傳に終わった今回の京都行きでした。

京都行きは和久傳から

昨日、思い切って京都に行ってきました。

最近夫も私も京都に嵌りかけているかもheart04

曇り、降水確率40%との予想の割りに晴れていて蒸し暑い日。雨男の夫と晴れ女の私が行動を共にすると大体私の勝ち、力関係のまま??

それはともかく、11時前に京都駅について、まずは腹ごしらえと、伊勢丹の和久傳に行きました。

日曜日だけあってすでに並んでいましたが、30分程で席につけました、が、すでにランチコースのご飯の選択肢は、鯛味噌茶漬けだけ。

周りの方の食べている鱧寿し、鯛寿し、とても美味しそう。

でも気を取り直しDscn8481 水出し玉露から。

Dscn8483 食前酒にと、竹に注がれたお酒。と夫のかっぽ酒。

Dscn8480 京野菜やひろうす?の冷やし煮?

Dscn8484 鱧と京茄子の揚げびたし、花山椒添え

Dscn8485 赤味噌でこっくり煮た鯛の茶漬け。お茶の味がしっかり出ていて、とても美味しかった。この後出たお水菓子の黒豆の水羊羹がまた絶品、なのに写真がありませんweep

腹ごしらえの後は、洛南の泉湧寺へ。

Dscn8494 ここは、皇室ゆかりのお寺で、菊の御紋章がいたるところにあり、廟も素晴らしいし、手水鉢までが菊花型という

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泉湧寺のあと、一ヶ月前に立ち寄った六波羅蜜寺に再度行って見ましたが、混雑していたので外だけ拝観、平清盛の塚と阿古屋の塚を参って帰りました。

Dscn8516 今回行きたかったのは、六道の辻の前にある幽霊飴屋Dscn8519 Dscn8517 その昔、子を身籠った母が亡くなり葬られた後、赤ん坊の鳴き声に気づき墓を掘り起こすと赤子が生まれていた。それは幽霊となった母が葬られるとき、親が三途の川を渡る為にと持たせてくれた六文銭で、この飴屋に飴を買いに来て子に与え、子を復活させたのだ、と言う謂れのある飴屋。

その赤子は後に高僧となって、その高僧の没年から数えると、この話は1599年のことだそう。京都ってやっぱりすごいw(゚o゚)w

その飴屋の前には、子育て地蔵尊がありますが、飴屋さんとのゆかりはないそうですDscn8520

その後、六道珍皇寺に、、、、、、

が、長くなるので、この続きはまた~

三十三間堂~六道珍皇寺

洛陽荘で松花堂弁当の朝食をいただいたあと、三十三間堂へ向かいました。

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数年前、友人と来たときは暑い盛りで余りゆっくり見れませんでしたが、今回は、お堂の中の千体の千手観音や国宝ばかりの十二神将だけでなく、裏の回廊の通し矢などもじっくり見られて、修学旅行のメッカとしか捉えてなかった三十三間堂が、とても興味深い場所になりました。

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Dscn8371射場に残る矢、かつてはここで一晩に一人で1万3千本もの矢を射ったツワモノもいたとか。

柱には失敗した矢で開いた穴が残っています。柱を護るために三代将軍家光が保護の鉄板を取り付けさせたという話もあるそうです。Dscn8366

三十三間堂を後にして、すぐ近くの六波羅蜜寺に行きました→www.rokuhara.or.jp/

ここは空也上人像や平清盛像などで有名なお寺で、この一帯は大河ドラマの平清盛にもゆかりのある地(写真を撮り忘れましたbearing)。

このお寺を出てすぐの所に六道の辻があり、かつてはあの世とこの世の分れ道だったらしいshadow

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六道の辻を、八坂の五重の塔を眼前にして歩いていくと、「六道珍皇寺」というお寺がありました。

ここは小野篁(小野小町の祖父という説もあるが有名な歌人)が、閻魔大王の副官として、死者を六道に分ける手伝いをしていたとか、夜な夜なあの世とこの世を行き来して、閻魔大王のところへ行くための、入口していた空井戸があるとか、面白い伝説のあるお寺だったのだが、訪ねたときはそんなことを知らなかったので、さらっと見て来ただけなのが残念!

この辺ももう一度ゆっくり来たいところです。

珍皇寺を出て、東大路へ出るとすぐの所に、「安井金比羅宮」がり、ここは縁切り縁結びで有名なところ→www.yasui-konpiragu.or.jp/

娘に良縁を頂いたお礼を兼ねてお参りをしてきました。

そして、待望の旧竹内栖鳳邸のレストラン「ザ・ガーデンオリエンタル京都」へ(続く)

洛陽荘

佐川美術館から、タクシーで堅田まで行き、湖西線に乗って京都へ出ました。

京都で取った宿は、旧梨本子爵邸の洛陽荘という旅館。

京都動物園や市の美術館のある岡崎の、かつては高級住宅街と思わせる地区にあるのに、

辺りはラブホテルがいっぱい。京都の見境ない街づくりにちょっと怒りを覚えました。

でも、建物は素敵で、一歩中に入ったらとても落ち着いた空間で、まさに隠れ宿という感じ。

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まず通された広間。

Dscn8318奥が離れ。
旅館といっても、素泊まりで食事なしか、仕出しを頼む、または女将さん推薦の料理屋へ行く、という選択だったので、女将さん推薦の祇園の店を頼みました。

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この「たに本」は、祇園の路地裏にあって、カウンターと2階にお座敷があるこじんまりしたお店。

カウンターの中で板前さんたちがきびきびとしていて、お料理も美味しく、何より祇園なのにお値段がリーズナブルでした。

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「たに本」を出て、八坂神社へ行こうと「一力」方面へ歩いていくと、料亭から芸妓さんと舞妓さんが。さすが祇園、シャッターチャンスもバッチリで、本当にいいものを見せていただきました(o^-^o)

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八坂神社はライトアップされていて綺麗でした。円山公園に抜ける道らしく、境内をたくさんのサラリーマン風の人たちが足早に行き来していました。

Dscn8340八坂神社から四条。左端のローソンもすっかり京都仕様で一見ではわかりませんでした。(続く)

郡上八幡

5日の日曜日、郡上八幡(今は郡上市)の吉田川で行われる鯉幟の寒晒しを見に行ってきました。Dscn7890糊付けされた鯉幟を寒の水に晒して糊をとる作業を、丁寧におたまじゃくしとブラシで行っていくと、鯉の色がさらに鮮やかになって、鯉のうろこが際立ってきます。


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地元の小学生も、自分たちで描いた鯉幟をおたまじゃくしを持って晒し、伝統工芸の一端を担っていました。

子供たちの手は真赤になって触ったらすごく冷たかったけど、一仕事を終えた満足感でみんな幸せそうでした。

Dscn7898これは食堂のメニューコーナーではありません。

郡上市には有名な食品のサンプル工場があってそのショールームの中。とてもリアルです。

水の都でもある郡上には、日本百名水の一つ「宗祇水」があります。

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Dscn7903テレビで見るよりも小さくて、底には苔が着いていたり、とちょっとイメージが違いました。でも、かつてここは地域の人たちにとって生活の場として重要な場所だったんでしょうね。

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Dscn7915平成8年まで開業していた医院。今は学芸館として使われています。

Dscn7911Dscn7912家々の軒下には、こんな竹の盆に俳句が飾られていて、、、、

  宗祇水柄杓を隠す春の雪     ミモザ

郡上八幡は句材豊富な楽しい町でした。


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天恩寺吟行

岡崎市郊外に天恩寺という古刹があります

先日俳句の忘年吟行会があって行って来ました。Dscn0808

このお寺は、1362年に足利尊氏の命を受けて三代足利義満が建立したお寺で、

境内には上の写真の左に写っている「徳川家康公見返りの大杉」があったり、

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仏殿(写真左)や現存する日本最古の薬医門(写真中松の陰になっている)は重要文化財に指定されていたり、珍しい石垣などがあって、見所満載。Dscn0819Dscn0822

見返りの大杉は、徳川家康が鳥居強右衛門の注進によって長篠の合戦に出陣したときにこのお寺に立ち寄ると、

延命菩薩が家康を呼びとめたのでふと振り返ると、武田の兵が矢を射ろうとするところだった。

寸でのことで家康は助かり、その後このお寺は篤く加護を受けたといわれている。

足利尊氏もこの地に立ち寄ったあと、戦に大勝したためにこのお寺を寄進したといわれている縁起のいいお寺。

薬医門をくぐると杉苔が見事でした。

薬医門前の苔庭実万両       ミモザ

秋雑感

霜月もとうに半ばを過ぎました。

何だかいろんな事がいっぱいあり過ぎて、

そしてまだまだ今月は行事があって、おかげで血圧が少々高めです(ノд・。)

先月18日に奈良の今井町という江戸時代の家並みがそのまま残っている不思議空間に吟行で行って来たので、とりあえずアップしておきます。

Dscn0639電線が残念だけど江戸情緒がいっぱい

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ここは大和三山に囲まれた藤原京跡。

わずか13年の持統、文武、元明天皇が治世した地。

でもここで大宝律令の草案が練られ制定されたかも、と思うとロマンが・・・

Dscn0652ここは自治区だった今井町の総取締今西家の土間、かつてはお白洲として法の裁きもされ、二階は燻し牢の部屋まである。

江戸時代後期の国の政策は学んだら面白いかも@@

秋冷の梯子外さる燻し牢       ミモザ

中国は

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やはり発展途上の国なんだと実感した今回のツアー。

10年前にはなかったこんな高層ビル群。トイレに入ればTOTOの最新機器で、完全オートシャワートイレと手洗い。

Dscn0247かと思えば、この看板の裏のような瓦礫の一角。たぶんここもいずれビルに変貌するんでしょうけど。

でも前に来たときよりもこういう光景は確実に減っている。

そして、10年前に来たときは、町を歩いている人たちのギラギラ、ガツガツした感じが怖くもあったけれど、今度来てみて、街行く人が穏やかになった気がするのは気のせいだろうか。

ひょっとしたら、経済的に豊かになったことで人心も余裕が出来てきたのかも。

なんて、ちょっと上から目線かしら。

でも、中国の国柄、特に公安の権力にいろいろ悩まされたことを思うと、やはりまだ遅れている部分があるんだなあと、つくづく感じるもの。

上の写真の48階建てのトレードセンターで行われたレセプションでも、スマップ5人が挨拶に来るというサプライズを、TBSの駒田アナが現れて宣言したにもかかわらず、公安からストップがかかって、結局中居、木村の二人は会場に入れなかった、こととか、

コンサート会場も、公安の警備の都合で、観客席を島のように分けて、空間スポットを設けたり、A席を公安が占領したために、A席確約というオフィシャルツアーなのにB、C席までを使わなくてはならなくなったり、と日本では考えられないような公安の横暴さ。

国民主権に慣れた日本人には、奇異に移ることがいっぱいでした。

またまた久しぶりに

一ヶ月以上も放置状態のブログ。

何しろ、母のこと老猫のことなどでの病院通いと北京行き、その後の諸々の家庭の事情で・・・・で、はや10月。

「この前お正月だったのに、もう・・・・・」ということを毎年毎年言っています。

若いときにはそんなことを言わなかったのにhappy02

月日の経つのの速さは年々加速していきます@@

で、まずは北京のことから少しずつ

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9月15日、セントレア発10時半のJALで天津へ。3時間弱のフライトで出た軽食の機内食。

2段重に青菜入りのおにぎり、そしてハーゲンダッツのアイス。

JALなかなかやるね、と思えた機内食でした。

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10年前に来たときとは雲泥の差の天津空港。ガラス張りの素敵な空港ビルでした。Dscn0236


天津から北京までは、バスで約2時間。途中のトイレ休憩は以前と変わらない場所で。

トイレットペーパーはもちろんありません。

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北京市内は大した渋滞もなく、宿泊の北京飯店に着きました。

今でこそ、外資系の巨大ホテルが進出していますが、かつては各国の大統領も泊まったという北京飯店。

さすがの内装だったり、毎日何かのイベントが開かれていたりと、重厚な感じのホテルでした。

で、何故今北京なのかというと・・・・・・

実はスマップコンサートのオフィシャルツアーに応募してく当選し、友人二人と物好きにも北京にやって来たという次第です。

とても楽しいツアーだったのですが、中国の国情をまざまざと見せ付けられた旅でした。

それはまた後日・・・

二十日ぶりの更新で

すっかりブログをサボってました。

なんだか一日が暮れて行くのが早く、その割りに大したことができてない毎日。

六日に、今年の二月に亡くなった友人の供養に岡山県の津山に行って来て、それからずっとお盆やら、母の介護やら、カルチャーやらと慌しく、やっとちょっと落ち着きました。

津山は日帰りだったので、お参りを済ませてから駆け足で市内を駆け巡ったんですが、立派なお城跡の鶴山公園や、京都の仙洞御所を模して造られたという衆楽園、優れた洋楽者を輩出している町らしく洋楽資料館など、名所がたくさんあって、友人が存命中にゆっくり来たかったとつくづく思いました。

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Dscn0064残念ながら、ちょうど津山城址、鶴山公園に行ったときにゲリラ雨で写真は取れませんでしたが、市内を見下ろす高台に平山城の石垣が、それはそれは立派で、森蘭丸ゆかりの森一族が18万余石だったのもうなずけます。

かつての写真を見ても威風堂々としたお城の様子がわかるのですが、それが明治維新で、廃仏毀釈や廃城令で取り壊されたというから、ビックリ!!!

今も残っていたら、素晴らしい文化遺産になったのに、と思うと、時の政治の気まぐれさに腹立たしくなります。

帰りに岡山駅の構内の吾妻鮨で、握り鮨を頂き、さわらの押し寿司をお土産に買って来ました。Dscn0080桃コース、8貫で1,050円。岡山駅で乗り換えに25分だったんですけど、時間的に空いていたので間に合いました。

ままかり寿司や祭り寿司、さわらの押し寿司など、お土産鮨も充実していて、ここは本当にお薦めです。