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五輪の余韻と終戦記念日(追記)

この夏の最高のイベント、オリンピックが終わった。

今回のオリンピックはとても後味のよいオリンピックだったように思う。

前回の北京と違い英国が国力を誇示するでもなく、

日本国内でも、殊更メダルの数を煽るわけでもなく、それでいながら日本は過去最高のメダル数を取ることができた。

選手は、当然誰もがメダルを目指して戦ってきたであろうし、その過程の過酷さは想像に余りあるが、

メダルの色や、取れた取れないに拘わらず、選手一人ひとりから発せられる言葉は、支えてくれた人たちへの感謝とこれからの更なる飛躍を誓うような、前向きで直向きなものであった。

今回のような成熟した国での穏やかなオリンピックは、スポーツを通して世界が一つになるという、オリンピック本来の精神を再認識するいい機会ではなかっただろうか?

そして、今日は終戦記念日。

韓国大統領のきな臭い発言や民主党閣僚の初めての靖国参拝など、戦後67年たった今も、相も変らず政治家は何の進歩もないように感じてしまう。

韓国大統領の発言も靖国参拝も、根底に天皇陛下の存在が絡んでいることが、戦争責任や戦後処理において、複雑な問題を孕んでいるのだとは思う。

韓国大統領の発言は、大統領選挙を踏まえた人気取りとも思えるので何とも言い難いが、靖国参拝については、天皇陛下が久しく参拝を行われていないことを考えると、判りやすいと私は思っている。

天皇陛下が靖国参拝をされなくなったのは、靖国神社にA級戦犯も合祀されることになり、先の昭和天皇がそれに対して不快感を示され、その後参拝がなくなったということは、当時の宮内庁長官のメモからも明らかになっている。

なのに、政治家はどうして相変わらず参拝を続けるのであろうか。

もちろん、政治家が参拝することを全くいけないというわけではない。

私人として参拝することは、個人の自由であり、なんら問題はないと思うのだが、議員団として集団で、ましてや内閣の閣僚としての地位があるときに敢えて参拝することに問題があると思う。

そこにはさまざまな思惑があり、政治家としての潔さが感じられない所に、胡散臭さを感じてしまうのである。

今、政治家が公人として参拝することが、何故問題なのかがうやむやになりつつあり、参拝することが当然という風潮になってきていることが恐ろしい。

せめて、戦後間もない時代に生まれ、戦争の悲惨さをしっかり教育されてきた世代が、こういう声を上げ続けて、戦争を美化させないように、戦争の悲惨さを風化させないようにしていかなくてはと、終戦記念日に強く思う。

Dscn8665_2 これは、お墓参りに行った父の故郷、田原の道の駅で頂いた「味噌カツ丼」

三河豚がとても美味しく味噌、ソース、卵とじと三種あって、どれも美味しかった。

  味噌カツの厚みたつぷり終戦忌    ミモザ

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